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総合内科のアプローチ ~臨床研修医のために~ 臨床研修医のみなさんへ、Drみやけの診断の「虎の巻」をお教えします。

女性に多くみられる心臓・血管病変

Dr.みやけ

内科疾患の中には男女比に特徴がある疾患があります。

例えば、関節リウマチやSLEは女性に多くみられ、女性であることは診断の手助けになります。循環器疾患の中にも男女比に特徴があり、女性に多くみられる疾患があります。

比較的若い年齢であることや女性であることが、病態や発症の原因を推測する上で有用な心臓・血管病変には次のような疾患があります。

1- 線維筋性異形成(Fibromuscular dysplasia;FMD)

線維筋性異形成FMDは、主に若い女性から中年の女性にみられる中程度の大きさの動脈に起こる血管症です。
腎動脈に60-75%、頭蓋外脳血管に25-30%、内臓の動脈が9%、四肢の動脈が5%程度の関与があります。26%の患者さんで一カ所以上の病変があるとされています。
脳血管に病変があると、95%が内頸動脈に、12-43%が椎骨動脈に病変が認められます。しかし、頭蓋内の動脈には病変はないようです。若年者の脳梗塞の重要な原因の一つです。

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図1線維筋性異形成( By Pierre-François Plouin, Jérôme Perdu, Agnès La Batide-Alanore, Pierre Boutouyrie, Anne-Paule Gimenez-Roqueplo, Xavier Jeunemaitre. Fibromuscular dysplasia. Orphanet Journal of Rare Diseases. 2, 28. 2007. PMID 17555581. (http://www.ojrd.com/content/2/1/28), CC BY 2.0, Link

原因はよく分かっていません。FMDの患者の7.3%に脳動脈瘤の合併があるとされています。両者の合併は、結合織に問題がある為とも考えられています。
頚部内頸動脈の血管解離の15% は、基礎疾患に FMD があると言われています。男女比は、1:3から1:4と、女性に多く、また家族性の発生もよく知られています。
FMD自体の発生頻度は、アメリカでは、0.02%程度と、非常に低いものです。 FMD自体の予後は、決して悪いものではなく、偶然発見される場合も、多くあります。しかし、脳梗塞や脳動脈瘤の合併は、その予後を悪くする因子です。

線維筋性異形成FMDの鑑別診断

奇異性脳塞栓症

若年者の脳塞栓の鑑別診断として奇異性脳塞栓症が挙げられます。奇異性脳塞栓症は、右心系に存在する血栓が右左シャント疾患(卵円孔開存,心房中隔欠損,肺動静脈瘻など)を介して左心系に流入し、脳血管を閉塞する病態です。

奇異性脳塞栓症は,動脈硬化リスク因子がない、あるいは塞栓源となる心疾患がない脳梗塞例における発症機序として重要です。成人の奇異性脳塞栓症の原因として最も多いのは卵円孔開存です。
卵円孔開存は一般住民の20~25%に存在しますが、通常は左房圧が右房圧より高いので、深部静脈血栓症により肺塞栓症は生じても脳塞栓症を生じることはありませんが、運動、咳嗽、怒責などによりバルサルバ効果が起こり、右房圧が高まると脳塞栓症を生じる場合があります。
このように、通常は起こるはずがない脳塞栓症を生じることから奇異性脳塞栓症と呼ばれています。

分節性動脈中膜融解(Segmental arterial mediolysis, SAM)

分節性動脈中膜融解(Segmental arterial mediolysis, SAM)という病態があります。その名の通り、動脈の中膜が融解することで血管壁が脆弱となり、多発瘤を呈します。多発瘤は破裂しやすく、突然の腹痛とショック状態などで搬送されることがあります。
非炎症性、非動脈硬化性の変性疾患であり、中高年の方に発症が多いですが、その病因は未だよくわかっていません。腹腔動脈解離や上腸間膜解離が、分節性動脈中膜融解SAMが病因として疑われたという報告があります。

SAMの鑑別疾患 としては、線維筋性異形成(Fibromuscular dysplasia;FMD)、血管炎、膠原病( 結節性多発動脈炎、血管ベーチェット)、感染性動脈瘤、遺伝性疾患(Marfan症候群、Ehlars Danlos症候群血管型) などが挙げられます。

線維性骨異形成症(fibirous dysplasia)

FMDとよく似た名称に線維性骨異形成症(fibirous dysplasia) がありますので、混同しないように注意します。本症は原因不明・非遺伝性の良性の骨腫瘍類似疾患です。
多くは無症状であり画像検査で偶然に見つかることもまれではありません。頭蓋・顔面骨に多く、他に大腿骨近位部や肋骨が好発部位です。

2- 心房中隔欠損症(Atrial septal defect:ASD)

心房中隔欠損症(Atrial septal defect:ASD)は成人においては最も頻度が高い先天性心疾患です。心房中隔欠損症は、成人の先天性心疾患の約45%を占め、女性に多く(男女比1:2)、欠損孔の自然閉鎖は稀と言われています。

乳幼児期の健診で見逃され、学童健診の心電図検査で右脚ブロックから見つけられることも稀ではありません。左-右シャント量が多くない場合には経過観察となりますが、肺高血圧症の他、上記の奇異性塞栓や感染性心内膜炎の発症に注意します。

心房中隔欠損
図2心房中隔欠損

3- 特発性冠動脈解離(Spontaneous Coronary Artery Dissection; SCAD)

一般的に急性心筋梗塞は、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病や喫煙歴を有する方に発症しやすい病気です。
一方、特発性冠動脈解離による心筋梗塞や不安定狭心症は、高血圧、糖尿病、脂質異常症や肥満などの生活習慣病の病歴が少ないにも関わらず発症するという報告があります。また、40~50歳台の女性に多いことが特徴です。

冠動脈の壁は3層構造(内膜・中膜・外膜)でできています。特発性冠動脈解離は、血管の内膜あるいは中膜に何らかの原因で解離が生じます。解離が生じた血管の壁がはがれることにより、血管内が狭くなったり完全に閉塞してしまい、心臓の筋肉に⾎液の供給が不⾜して⼼筋梗塞を発症します。

特発性冠動脈解離
図3特発性冠動脈解離

これまでの研究では何らかの遺伝子の異常、女性ホルモンや血管が脆くなる病気の影響などが考えられています。その他、出産、過度の精神的ストレス・肉体労働・運動等の関与も考えられていますが、その詳細な原因はまだわかっていません。SCADの発症の誘発因子としては妊娠(特に後期から産褥期)、ホルモン療法による治療、感情的ストレスが多いとされています。

特発性冠動脈解離は比較的珍しい病態です。現在のところその原因や予後または治療に関する一定した見解はないと思います。
日本ではまとめた報告は少ないと思いますが、海外では1931年から2008年までの症例をまとめた報告があります。総数440例で平均年齢42.6歳、男性が133人(30%)で残りの307人は女性です。女性の平均年齢は41歳です。主幹部の解離の症例は27人(6.1%)でした。36%の症例で2本以上の枝の解離がありました。

国⽴循環器病研究センターを中心とした研究グループが2016年に発表しました。本研究では全国20施設の2000年から2013年までにおける、急性心筋梗塞症患者20,195例を対象に解析しました。
このうち特発性冠動脈解離が原因による心筋梗塞の患者は63例に過ぎませんでしたが、50歳以下の女性130例に限ると、原因の第2位が特発性冠動脈解離で35%(45例)を占め、さらに1ヶ⽉以内に特発性冠動脈解離の再発リスクが⾼まることを報告しています。
また、平均発症年齢は46±10歳で患者の94%(59例)が比較的健康な女性であり、最大の誘因は精神的なストレス(29%)でした。

4- 微小血管狭心症

微小血管狭心症について、マスコミなどで紹介されたのをきっかけに衆知されるようになってきたのは喜ばしいことです。
私の知る限りでは微小血管狭心症について本邦で最初に精力的に発信されたのは、静風荘病院(埼玉県新座市)女性内科・女性外来の天野恵子医師ではないかと思います(2024年2月現在)。

コラム10 日本での性差医療の実践と展望 ~天野惠子医師に聞く~ (gender.go.jp)

なお、微小血管狭心症について一般の方には本HPの中で別に分かりやすく説明していますので、ご覧ください。

微小血管狭心症について、多くの循環器専門医の関心を引くところまではいかなかったのが実際です。
理由としては、冠攣縮性狭心症がECG変化を伴いれん縮をカテーテル検査(CAG)で確認できるのに対して、微小血管狭心症は直径が100μm以下(髪毛の直径にほぼ等しい)の微小な冠動脈に起こるためにECGやCAGなどで確認が困難であったことが一因ではないかと思います。

微小冠動脈(微小血管狭心症)
図4微小冠動脈(微小血管狭心症)

微小血管狭心症は早いと30歳代から60歳代までの中高年の幅広い女性にみられます。胸痛発作は狭心症に特徴的であり、発作の様子から狭心症を疑うことは容易です。
冠攣縮狭心症が早朝安静時に起こりやすいのに対して、微小血管狭心症は日中に安静や労作に関係なく起こることが多いようです。
発作をECGやCAGなどで捉えることが困難なため、診断は中高年までの女性であることや発作の様子、カルシウム拮抗薬の効果で行うことができます。

微小血管狭心症は、比較的予後が良い上に特別な検査が必要ないこと、外来ではジルチアゼムなどカルシウム拮抗薬が有効なこと などの理由で診断と治療は簡単と思われます。

しかし、次のような新しい知見が出されました。

【微小血管狭心症の新しい知見】

不明な点が多かった微小血管狭心症の実態を明らかに|東北大学

不明な点が多かった微小血管狭心症の実態を明らかに ... | プレスリリース・研究成果 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY-

胸痛や心電図異常から狭心症が疑われたため心臓カテーテル検査を受けた患者の約4割は、冠動脈に明らかな狭窄や閉塞病変を有さないことが報告されています。このような非閉塞性冠動脈疾患患者では、冠攣縮性狭心症などの冠動脈機能異常が病態に深く関与していることが以前から報告されていましたが、近年、新たな病態として微小血管狭心症が注目されています。
そこで、統一された国際診断基準により正確に診断された微小血管狭心症患者において、初めて前向きの国際共同登録研究を行い、臨床的特徴や危険因子、長期予後などを明らかにしました。

国際診断基準により微小血管狭心症と正確に診断された患者を世界7ヵ国14施設から合計686名登録し、その臨床像や長期予後について調査しました。
その結果、これまで主に女性の病気と考えられていた微小血管狭心症が男性にも認められること(男女比=約1:2)、年間の心血管イベントの発生率が約7.7%と決して良性の疾患ではないこと(予後に性差なし)、女性患者は、男性患者に比し、症状による生活の質(quality of life, QOL)の低下が顕著であること、欧米人患者はアジア人患者に比し心血管イベントの発生率が高率であるが危険因子等で補正すると人種差が消失することなどが明らかになりました。

微小血管狭心症をご存じですか|公益財団法人 日本心臓財団

微小血管狭心症をご存じですか。 | 今月のトピックス | 公益財団法人 日本心臓財団 (jhf.or.jp)

女性ホルモンであるエストロゲンには、心血管系に対する種々の保護的作用(血管弛緩作用・脂質代謝改善作用・抗酸化作用など)があり、閉経前の女性で男性と比べ動脈硬化による虚血性心血管疾患が少ないのはエストロゲンの抗動脈硬化作用によるものと考えられています。閉経後にはエストロゲンの保護作用を失い、女性でもこのような虚血性心疾患が増えてきます。

微小血管狭心症の定義は、弁膜症や心筋症などの心臓の病気がない方で、直径が100μm以下(髪毛の直径にほぼ等しい)の微小な冠動脈の拡張不全、収縮亢進のために心筋虚血が一時的に起こることによって胸部圧迫感が労作と無関係に安静時にも起こる狭心症とされています。
その70%は女性が占めるといわれています。発症する年齢は30代半ばから60代半ばで動脈硬化による狭心症に比べると若く、最も多いのは40代後半から50代前半の女性です。この時期はエストロゲンが減少し始めるとともに人生においても様々な問題をかかえ心臓に限らず心身の不調を感じる時期とも重なっています。
冠攣縮狭心症と同じように喫煙、寒冷、精神的ストレスなどが誘因となることも知られています。まだまだ、はっきりとした原因解明には至っていませんが、女性ホルモンが関与していることは確実なようです。

冠動脈の大きな部位の攣縮には特効薬である亜硝酸剤が微小血管狭心症には効きにくい方もおられ、また、カルシウム拮抗薬であるジルチアゼム(ヘルベッサー)などのほうが特効薬であることは必ずしも広く循環器専門医の常識とはなっていません。

更年期女性に多い狭心症「微小血管狭心症」 原因不明の胸痛に注意 | NHK健康チャンネル

更年期女性に多い狭心症「微小血管狭心症」 原因不明の胸痛に注意 | NHK健康チャンネル(nhk.or.jp)

微小血管狭心症が起こる詳しい原因はわかっていませんが、更年期を迎えて、女性ホルモンが低下することが原因の1つといわれています。女性ホルモンには、血管を広げる働きがあるので、女性ホルモンの低下によって血管が収縮するためと考えられています。
また、Rho(ロー)キナーゼと呼ばれる酵素の活性が高まることも原因の1つだと考えられています。

ステント治療を受けて胸痛がある場合は注意:動脈硬化による狭心症の治療として、ステント治療を受けたのに胸痛などの症状が治らない場合は、微小血管狭心症や冠れん縮性狭心症を合併している可能性があります。

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