<< 8.誘発されない回転性めまい、9.中枢性のめまいはなぜ起こるのか?
10、高齢者のめまい感
高齢者がふわふわするような浮動性めまい感を訴えることはしばしばありますが、原因は複雑で対応には苦慮します。
めまい感の原因はいまだ明らかではありませんが、高齢者のめまい感について解説した文献を抜粋して紹介します。この仮説によれば、めまい感は左右の側頭葉付近に頭の位置を認識する中枢が存在しますが、これらの中枢に入力される刺激にわずかな左右差があっても通常は補正されます。しかし、この左右差が何らかの理由で補正されないとめまい感を生じるのでないかと考えられます。
参考文献:
成冨 博章:高齢者の慢性めまい感-その臨床的特徴と脳磁波所見-.臨床神経.48:393-400.2008
広義のめまいには回転性めまいと非回転性めまい(ふわふわする浮動性めまい感)の二種類があることはよく知られています。高齢者のめまい感に関しては現在でも不明な部分が多いとされています。
めまい感に関する報告の大半ではその原因は多様とされ、うつ状態などもその一つにあげられています。めまい感を訴える高齢者は、耳鼻科でも神経内科でも「異常なし」と診断されることが多く、それにもかかわらず症状が改善しないので複数の医療施設を転々としがちです。
「フラフラする」、「フワフワする」などのめまい感を訴える高齢者はきわめて多く、米国の地域住民を対象とした調査では、60歳以上の住民の29%が医療を要する程度のめまい感を過去に経験していたといわれます。英国やスエーデンにおける調査では、65歳以上の住民のうち25~27%がめまい感を経験していました。
我が国では明確な調査データはありませんが、その頻度は欧米と似たようなものであろうと思われます。
めまい感の出現様式は大まかに三通りに分けることができます。
もっとも多いのは、(1)頭部を左右ないし上下に移動させた時にフラッとする頭位変換型です。
次いで多いのが、(2)歩行時にフラツキを感じる歩行時型です。頭位変換時・歩行時の両方でフラツキを感じることもあります。これらの例は、動かないかぎりはフラツキを感じないのが普通です。
三番目は少数派ですが、(3)立っているだけでもフラツキを感じ、歩行時や頭位変換時にもふらつくと訴えるタイプです。このタイプは日常生活に支障をきたしていることが多いといわれます。
いずれのタイプのめまい感も、テレビやパソコンをみる、長時間細かい字を読む、などの視覚刺激によって誘発されることが少なくありません。また、フラツキの頻度や程度は睡眠障害と密接に関連している場合がほとんどです。本人の強い訴えにもかかわらず観察者からみるとふらついているようにはみえない場合が多く、そのために心因性とみなされがちなのかもしれません。
めまい感の訴えは女性に多く、女性/男性比は2以下です。合併症として多いのは、高血圧症、心疾患、頸椎症、視力異常、うつ傾向などです。難聴・耳鳴や耳疾患を有する例、起立性低血圧がみとめられる例もありますが、その頻度は必ずしも高くありません。
既往ないし原因として、頭部外傷、むち打ち損傷、低髄液圧症候群をあげる報告も少なくありませんが、それは比較的若い患者層の場合であり、高齢者は必ずしもその限りではありません。大切なことは、ほとんどの例が不眠や首・肩のこり・痛みを有することです。
ただし、眠れないと答える例の中には眠剤や抗不安薬を複数服用している例があり、それがふらつき・めまい感の一因になっている場合があるので要注意です。
神経学的検査で異常が認められることはほとんどありません。あるとしたら頸椎症で説明可能な上肢腱反射の異常ないしは上肢のしびれ感程度です。耳鳴・難聴などを伴う例もありますが、眼振がみられる例はほとんどなく、カロリックテストなど耳鼻科検査で異常がみられることも比較的まれです。
頸椎X線撮影をおこなってみると頸椎病変が高率に認められます。また、患者を正面から観察すると右肩ないし左肩が対側よりやや下がっており上半身非対称性を示す例が多いです。そのような例の脊柱をX線写真で確認してみると側湾症が認められます。とくに女性高齢者の場合は側湾症の頻度が非常に高いです。
めまい感を訴える患者は視力の左右差、頸部筋緊張の左右差、聴力の左右差など種々の左右非対称性を有する場合が多いのですが、側湾症もその一つです。
頭部MRIでは白質病変、脳室拡大、前頭菜を中心とする脳萎縮などが認められます。白質病変は、めまい感のない高齢者よりも著明であるとする報告が多いようです。その頻度は約10%前後ではないかと思われます。
めまい感の強い人の脳循環異常を示した報告は比較的少なく、また異常がみられたとしてもその程度は顕著なものではありません。脳循環低下がめまい感の出現に関与することを否定するわけではありませんが、その役割はあまり大きなものではないように思われます。
古くから頸性めまいという診断名があり、頸部の筋緊張異常、交感神経異常、椎骨動脈系の循環障害をふくめた頸部の異常に由来するめまい、めまい感を総称するとされています。めまい感老人の大半は肩こり、首のこり・痛みを有しており、また、その多くに頸椎症が認められます。
このような例に頸部筋マッサージなどの理学療法をおこなうと少なからずめまい感の改善が認められます。ただし、ほぼ連日持続的におこなわないと効果は乏しいです。治療により改善効果があることから、頸部筋緊張異常がめまい感の出現機序に重要な役割を演じていることはまちがいないと思われます。
頸部症状とほぼ同じぐらいの比重で重要なのが心因性因子、主としてうつ状態です。 頸部痛とうつ状態が共存しているばあいも多いです。色々な治療が無効だった症例に抗うつ薬を投与すると、めまい感の著明な改善がみられることは少なくありません。めまい感を訴える高齢者をみたら、まずうつ状態ではないかと疑ってみる必要はあるでしょう。
しかし、それでは、なぜうつ状態がめまい感をもたらすかが疑問となります。抗うつ薬投与によりめまい感が改善した患者に睡眠状態を尋ねると、「よく眠れるようになった」という返事が返ってくることが多いです。睡眠障害とめまい感の間には密接な関係があるようです。
めまい感の責任病巣はどこか?
めまい感を感じる脳の責任部位はどこであるのでしょうか。側頭葉上部から頭頂葉下部を刺激するとめまい感が生じたと報告されています。側頭・頭頂部の障害によってめまい感が生じた例は過去にいくつか報告されており、側頭・頭頂部の出血または梗塞によりめまい感だけが生じた例もあります。
このことから、めまい感を感じる責任部位は側頭・頭頂葉の前庭中枢付近(空間認識に関係した大脳前庭野)に存在するのであろうと推定されます。
側頭・頭頂部に脳梗塞や脳出血を生じる例はきわめて多いにもかかわらず、ほとんどの例がめまい感を訴えないのはなぜでしょうか?
その理由は明らかではありませんが、頭位を認識する中枢が左右の側頭、頭頂葉に存在すると仮定してみると話が理解しやすくなります。頭位認識が左右二つの中枢でおこなわれているため、その一方の機能が脱落しただけでは容易にめまい感が生じないのではないかと推測されます。
めまい感の出現機序(仮説)
めまい感の出現機序を次のように説明できるのではないかと思われます。
- 脳には左右側頭葉付近に頭位を認識する中枢が存在し、この左右の中枢が頭部の位置、移動方向、移動速度、移動程度などを認識している
- 頭位認識中枢は、前庭野そのものである可能性もあり、また前庭野・視覚野・体性感覚野の複合体である可能性もあるが、頭位認識中枢というものがあると仮定した方がめまい感の機序を理解しやすい
- 左右の頭位認識中枢は、視覚野、前庭野、体性感覚野から送られてくる視覚情報、前庭情報、体性感覚情報(脊柱、頸部筋などから)をもとに頭位を認識している
- 左右の頭位認識中枢の間には、お互いが受け取った情報間に小さな歪みがある場合、これを習慣的なものとして処理してしまうための神経連絡が常におこなわれているため、通常ではめまい感は生じない
本来、右および左の頭位認識中枢に送られてくる頭位情報は同じはずです。しかし、身体に左右非対称性が存在する場合、たとえば側湾症、頸部筋緊張度の左右差、前庭機能の左右差、視覚の左右差などがある場合、左右の頭位認識中枢に送られてくる情報間に大きな違いが生じる可能性があります。
その場合、左右頭位認識中枢は迅速な神経連絡によって、その違いを何とか習慣的なものとして処理しようと試みます。しかし、左右中枢間の神経連絡に時間がかかるばあいは、迅速な処理ができないために、両中枢間に認識の不一致が起こります。それがめまい感です。
左右中枢問の認識の不一致は、静止時よりも頭位変換時や歩行時におこりやすいはずです。頭が移動する速度が速過ぎるために、左右中枢間の神経伝達に時間がかかる高齢者では処理が間に合わないからです。
頭位変換時にめまい感を生じる患者さんに「頭をゆっくり動かして下さい、そうするとあなたの脳の神経伝達速度でも十分間に合うからフラツキを感じない筈です」と勧めてみると、「確かにその通り」という答えが返ってくるのが常です。
※このサイトは、地域医療に携わる町医者としての健康に関する情報の発信をおもな目的としています。
※写真の利用についてのお問い合わせは こちら をご覧ください。