中性脂肪についてお話しする前に、まずメタボ健診、特定健診についてお話しします。
メタボリックシンドロームと中性脂肪
すっかり有名になったメタボ健診は、正式には特定健診と呼ばれています。
メタボ健診の意義について改めて説明します。

メタボ健診は、心臓病や脳卒中などの動脈硬化性疾患を起こしやすい体質を早期に見つけて予防するのが目的です。私はメタボ健診の中で最も重要な項目はウエストの測定ではないかと思います。なぜなら、ウエスト径は内臓脂肪の量と比例しているからです。
動脈硬化にとって、内臓脂肪がどうして重要なのか考えてみましょう。
ここで登場するのが今回の話題の一つ、中性脂肪です。
内臓脂肪と皮下脂肪
ウエスト径は皮下脂肪を測定しますが、内臓脂肪と比例していることが知られています。
皮下脂肪も内臓脂肪も中性脂肪が蓄積した物ですが、性質は大きく異なります。

図19の腹部の断面左の皮下脂肪は無害です。右が内臓脂肪ですが、内臓脂肪は有害です。
内臓脂肪には、中性脂肪といっしょにマクロファージ、貪食細胞など炎症細胞が含まれています。これらの炎症細胞からは動脈硬化を促進する化学物質が放出されます。したがって内臓脂肪は皮下脂肪と異なり、有害なのです。
皮下脂肪はいくらでも蓄積して体重増加の原因になります。一方、おなかの中にたまる脂肪の量には制限があります。おなかの中の隙は限られたスペースだからです。
したがってどんなに体重が多い人でも、約3kg減量すれば内臓脂肪をずいぶん減らすことができます。
その例として、3kgくらい減量してもウエスト径はあまり減りませんね。それ以上4kgくらい減量するとウエスト径が減り始めるようになります。したがって体重に関係なく、約3kg減量することが内臓脂肪を減らすために大切と考えています。
特定(メタボ)健診の意義は…
特定健診、メタボ健診についてもう少し詳しく述べます。
いわゆるメタボとは動脈硬化を起こしやすい体質のことです。
メタボの人は内臓脂肪とともに皮下脂肪も増加することが多く、一般的には肥満傾向の人が多いです。肥満傾向の人は、言い換えますと糖尿病予備軍の人が多いと言えます。

肥満の人や糖尿病予備軍の人は血糖を下げるためにインスリンが過剰に分泌されています。過剰なインスリン分泌は動脈硬化を引き起こす事が知られています。
内臓脂肪で作られる動脈硬化を促す物質とインスリン過剰分泌などが重なると、図20の左端の曲線のように心血管疾患とくに心筋梗塞が起こりやすくなります。
ここで大切なことは、心筋梗塞は糖尿病が進んだ状態で起こるのではなく、糖尿病予備軍から軽い糖尿病の状態で起こりやすい と言うことです。
実際に日常診療で経験する心筋梗塞の多くの人は、働き盛りの40歳後半から60歳くらいの年齢の人です。
繰り返しますが、糖尿病予備軍や軽い糖尿病=心筋梗塞 と考えてください。
そして心筋梗塞の予防のためには、糖尿病の治療とともに悪玉コレステロールを低くしておくことが極めて重要と痛感しています。
さらに糖尿病が進むと…
糖尿病の予備軍ではインスリンが過剰に分泌されます(図21の下)。言い換えるとインスリンの無駄遣いをしているわけです。無駄遣いの期間が長くなると、やがてインスリンは不足していきます。糖尿病の進んだ状態になります。

図21の上の中央の曲線のように、糖尿病ではHbA1c 7%を超えると尿タンパクが出るようになり、腎臓の障害が進むようになります。高血圧や脂質異常症を放置していると、同じように尿タンパクが出るようになります。この状態を慢性腎臓病CKDと呼びますが、この状態になると心筋梗塞や脳梗塞など動脈硬化の病気が再び起こりやすくなり、第二のピークを迎えます。
さらに糖尿病が進むと、図21の上の右端の曲線のように糖尿病性腎症が起こるようになり、全身の血管の動脈硬化がさらに進みます。心筋梗塞や脳梗塞の危険性が高まるだけでなく、最終的には人工透析となります。動脈硬化の第三のピークを迎えることになります。
したがって、メタボ健診で糖尿病予備軍を早期に見つけて、生活習慣を改善し動脈硬化を予防することがいかに大切か理解できると思います。
動脈硬化の初期には中性脂肪と内臓脂肪が深く関与していること、動脈硬化の伸展には悪玉LDLコレステロールが深く関係していること
糖尿病とうまく付き合うためにはHbA1c 7%以下を保って慢性腎臓病を予防すること、さらに糖尿病と診断を受けた場合には悪玉LDLコレステロールを低く保つことが重要と痛感しています。
中性脂肪の合成
中性脂肪は肝臓内で合成されます。中性脂肪の原料は、炭水化物や糖分、アルコール、脂肪食など食事から、また先ほどから話している皮下脂肪や内臓脂肪から供給されます。アルコールを多く飲む人は中性脂肪がたいへん高くなり易いので注意が必要です。

肝臓で合成された中性脂肪にタンパク質やコレステロールが加わり、VLDLという運送トラックになり血中に流れ出します。このVLDLから悪玉LDLができることをすでに説明しました。
中性脂肪TGの上昇は様々な病態を反映する
中性脂肪TGの上昇は、大きく分けて二つの病態を表しています。一つは図23の(黄緑色)の糖尿病予備軍や糖尿病、もう一つは(靑色)の超悪玉コレステロールです。

食後高血糖と肥満・インスリン抵抗性、インスリン抵抗性とはインスリンが効きにくくなることでインスリン過剰分泌と同じことです。これら2つは糖尿病予備軍すなわちメタボを表します。さらに糖尿病では中性脂肪が高くなり、動脈硬化だけでなく脂肪肝から肝臓病が起こりやすくなります。LPL活性低下も糖尿病に関係した病態です。
右下2つのレムナントや小型LDLは、次に述べる超悪玉コレステロールと呼ぶものです。中性脂肪はこれら超悪玉コレステロールにも深く関係しています。
*リポプロテイン(a)Lp(a)は、低比重リポ蛋白(LDL)の一部を構成するアポ蛋白B-100にアポ蛋白(a)が結合したもので、動脈壁へのコレステロールの沈着に直接関与しています。遺伝的にその濃度が決められており、血液中に多く存在する状態を「高Lp(a)血症」といいます。動脈硬化の発症や進展に深く関わっていることが報告されています。Lp(a)増加に中性脂肪が関係しているというエビデンスはありません。
リポタンパクと中性脂肪
中性脂肪について話を進める前に、リポタンパクについてもう一度話を戻します。
リポタンパクは、水に溶けないコレステロールや中性脂肪が血液の中を流れるように粒子状になった運送トラックのことです。リポタンパクはコレステロールや中性脂肪を包み込むような構造になっています。(図24)

リポタンパクには、善玉HDL、悪玉LDLのほか、IDLやVLDL、カイロミクロンなどが存在します。(図25)右上に示されるように、リポタンパクに含まれるグリーンで表される中性脂肪の量の違いが、リポタンパクの性質を決めていることが分かります。

図25の上に示すように中性脂肪の量が多くなるにつれて、LDL、IDL、VLDL、カイロミクロンと変化することが分かります。
図25の下が運送トラックであるリポタンパクの構造です。中心部にコレステロールと中性脂肪が存在します。カイロミクロンというリポタンパクが一番多く中性脂肪を含みます。
ここでは、中性脂肪の量がリポタンパクの性質を決めていることに注目しましょう。

図26のように中性脂肪が多くなると、リポタンパクは悪玉LDLからカイロミクロンに向かって右寄りに変化します。
そうすると見かけ上、LDLが少なくなることに注意します。
中性脂肪パラドックス
下の表はこれは私の診療所で実際に来られた患者さんの血液検査の結果です。
2018年5/24には中性脂肪1355と異常な高い数値、悪玉コレステロールは88と低い数値でした。LDLの正常値は120までです。この患者さんは2年の間に脳梗塞を発症しました。脳外科の担当医は悪玉コレステロールが少ないのにどうして脳梗塞を起こしたか分からないと言われたそうです。
この2年間に左椎骨動脈閉塞 | ||||||
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2020/8/7 | 2019/5/31 | 2018/5/24 | ||||
総コレステロール | 279 | 286 | 301 | |||
HDLコレステロール | 40 | 35 | 36 | |||
LDLコレステロール | 16083 | 88 | ||||
中性脂肪 | 5611182 | 1355 | ||||
(パルモディア®) | ||||||
non-HDL(150以下) | 239 | 251 | 265 | |||
中性脂肪が髙いとLDL(悪玉)コレステロールが過小評価されることに注意します |
この患者さんは2019年5月から中性脂肪を下げる薬を開始しました。そうすると1182から561に中性脂肪が低下しました。それとともに、LDLコレステロールは83から160に増加しました。
最近、LDLコレステロールやHDLコレステロールの他に、non-HDLコレステロールという検査項目を目にするようになりました。non-HDLコレステロールとは、HDL以外のコレステロールという意味で、善玉HDL以外のコレステロールの合計です。悪玉コレステロールの合計と考えることができます。
non-HDLコレステロールは、総コレステロールからHDLコレステロールを引いた簡単な数値です。この患者さんでは、下段青の数字で表されるように、non-HDLコレステロールは経過を通してずっと高いことが分かります。
だいたい中性脂肪が400から500を超えると、悪玉LDLコレステロールが過小評価されるようになります。
もう一度、non-HDLコレステロールについて説明します。
Non-HDLコレステロールとは…HDL(善玉)以外のコレステロール

コレステロールは血液に溶けることができません。血液中を移動するために、リポタンパクという運送トラックで運ばれます。善玉HDLや悪玉LDLもリポタンパクですが、善玉HDL以外のすべてのリポタンパクは動脈硬化の原因になります。動脈硬化を起こすのは、悪玉LDLだけではありません。
non-HDLコレステロールが重要であるにも関わらず、それほど重視されていないのも事実です。その理由は、悪玉LDL以外のリポタンパクの性質が明らかでないこと、non-HDLコレステロールを下げる薬がないこと などではないかと感じています。
超悪玉コレステロールの存在
次に、超悪玉LDLコレステロールについて説明します。
図28の左側、LDLは悪玉と呼ばれますが、LDLは本来からだに必要なコレステロールを全身に運ぶためのリポタンパクです。
しかしLDLのすべてが利用されるわけでなく、利用されなかった余分なLDLは肝臓のLDL受容体を通して分解されます。過剰なLDLが存在しますと、肝臓では処理しきれないで血中に残ることになります。

余分なLDLの多くは血液中を循環するだけで、最後には肝臓で分解されます。こうした正常LDLが、血管の壁に取り込まれて動脈硬化を起こす可能性は少ないのではないかと考えられます。
動脈硬化を起こしやすいLDLは、図28の右側、変性LDLと呼ばれるものではないかと考えられています。変性LDLは正常LDLがいろいろな化学的処理を受けて変性したもので、血管の壁に入り込みやすくマクロファージにも取り込まれやすい性質を持っています。
したがって変性LDLを超悪玉コレステロールと呼ぶことができます。
変性LDLにはいろいろありますが、その代表が酸化LDLです。ついで小型 LDL(small dense LDL)と呼ばれるLDLで、中性脂肪の増加が深く関係しています。その他にもいろいろな変性が推測されていますが、その実態は明らかではありません。
変性LDLの他にも、カイロミクロンやVLDLが変性したレムナント様リポタンパクコレステロールと呼ばれるものも、超悪玉コレステロールの一つではないかと考えられています。これにも中性脂肪の増加が深く関係しています。
変性HDLが一般的ではない理由は、その実態が明らかでないことに加えて、いろいろな変性LDLを測定することが困難なこと、そしてnon-HDLコレステロールと同様に変性LDLを特異的に下げる薬がないこと などが理由として考えられます。
酸化LDLコレステロール
変性LDLの一つ、酸化LDLは調理の過程で作られやすいことが知られています。

小型LDL(small dense LDL)
超悪玉コレステロールの一つ 小型LDLは通常のサイズのLDLに比べて、血管の壁を通過しやすく動脈硬化の原因になりやすいのではないかと考えられています。
LDLの小型化には中性脂肪が関与していて、中性脂肪が高いほど小型LDLが多くなることが知られています。

左上のように、LDLコレステロールと中性脂肪の両方が高いのが一番動脈硬化の危険性が高いことが指摘されています。LDLコレステロールも中性脂肪もふつうの血液検査から分かることから、小型LDLは理解しやすいです。
変性LDLの測定は可能か?
変性LDLは検査が可能でしょうか? 血液検査のオプション検査等でLOX-indexを調べることができます。(※当院では実施していません)
LOX-index
LOX-index®は動脈硬化の原因物質(変性LDL)を測定し、将来の脳梗塞・心筋梗塞の発症リスクを評価する血液検査です。

LOX-indexの詳細、受検できる医療機関については 【公式】脳梗塞・心筋梗塞発症リスク検査「LOX-index®」(lox-index.com) をご参照ください。
動脈硬化性疾患発症予測モデル(久山町スコア)
動脈硬化リスクは、悪玉LDL、変性LDL、non-HDLコレステロールなどの血液検査だけで評価することは困難です。日本動脈硬化学会から久山町スコアが発表されています。
福岡県久山町において1961年から長期にわたり、住民の健康状態を調査してきた結果から2022年に作成されました。

久山町スコアでは、性別、収縮期血圧、糖代謝異常、LDLコレステロール、HDLコレステロール、喫煙の有無に加えて、年齢から動脈硬化のリスクを数値で表しています。このスコアからも分かりますように、動脈硬化にはいろいろな因子が関与しており一筋縄ではいかないことが分かります。
久山町スコアを元にした動脈硬化性疾患発症予測ツールがあります。 動脈硬化性疾患発症予測ツール(一般向け)【日本動脈硬化学会】 をご覧ください。
最後になりました。たくさんの患者さんを診察していますと、動脈硬化を起こしやすい背景には体質的、遺伝的な要素も大きいのではないかと日頃感じています。
おわりに
今回の結論になります。
何気なく見ている中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロールですが、その数値に隠されている意味は大きいです。今一度、注意して見直していただければと思います。
LDLコレステロールは、正常LDL、悪玉LDL、超悪玉LDLの合計を表しています。
善玉HDLは善玉と悪玉の合計をみています。
中性脂肪はリポタンパクを通して、動脈硬化に深く関係しています。
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